新大阪ロータリークラブ

つぶやきコーナー
  
26年前の1月17日!の巻


俺やで!土曜の夜のハイウェイダンサー新大阪RCの俺やで!26年前の阪神淡路大震災。地震の時は眠たさが勝っていたので寝とったら家の下敷きになって勝手に死ぬやろうと思って寝たが、父親母親に起こされて起きてTV観たらえらいことに! 確かその日の夜、RAC魂に火が付いてイキってバイクで大渋滞の171を通って神戸へ行き信号機が壊れているので交差点で渋滞の車の誘導や救急車や消防車、パトカーも誘導。翌日は所属していた大阪東RACメンバーの安否の確認で当時大阪東RAC地区代表していた佐藤晴一さんと一緒にメンバーに電話をしたり繋がらなければ自宅を訪問。それからは仕事が終わったら2、3週間は佐藤晴一さんとポリタンクを大量に買って俺やで!の家で水を入れて神戸の病院まわりをしながら水を配ったなー。 そして佐藤晴一さんと2人で炊き出しの場所を探しに行き現地で打ち合わせをし、3月には地区のみんなで急遽神戸市灘区で炊き出し。俺やで!は途中手が空いたので炊き出し場所から離れて被災者の方と一緒に車で子供たちを銭湯に連れていき、俺やで!は裕次郎君とさくらちゃんの兄弟をお風呂に入れてあげて、スッキリした顔で炊き出しの場所に戻ったらみんなはドロドロの顔。そのドロドロの顔で俺やで!を睨みつけてえらいみんなに怒られて落ち込んだ24歳の春だったなー。 佐藤晴一さんは面倒見が良く愛嬌もあって協力的で優しくて皆を引っ張ってくれるこの地区の顔であり、他地区からも尊敬されていた唐揚げ大好きな先輩でしたが、13年ほど前に心筋梗塞で残念ながら亡くなられた。 時々妻や当時の仲間とは佐藤晴一さんの話や真似をして思い出すが、佐藤晴一さんはよく俺やで!を面倒を見てくれたこと。他地区の方と一緒にスキーに連れて行ってくれたこと、RAC入会して地区行事や他クラブへ連れて行ってくれていろいろな方を紹介してくれたこと。いつもみんなでふざけていたら『お前らな〜』と鼻息を荒くして優しく注意してくれたこと。今、Rotaractに俺やで!が力を入れてしまうのは佐藤晴一さんにお世話になったからでしょうね。 奉仕活動には大変熱心な方だったので、もし佐藤晴一さんが健在ならば今のRotaractメンバーに対してどのように協力してるのかな…また、今の俺やで!の活動に対しどのようにしたら良いかアドバイスをしてくれるのかな…と。Rotaractメンバーが楽しく活動しているのを見ると当時の俺やで!と佐藤晴一さんとの楽しいやりとりを思い出します。好き勝手にRotaract活動をさせてもらった佐藤晴一さんのお陰で今の活動ができている俺やで!と言っても過言ではないでしょうね。佐藤晴一さんに感謝感謝です。

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